07年10月03日
もう跳ねられない
近頃は僕も歳のせいか、「跳ねた」建築デザインがなかなか出て来ないようになりました。と言いますか何となく照れくさいような・・・。
「跳ねた」デザイン、というのはその表現にしても人によってその感覚は異なると思いますが、よく言うと
洗練されたデザインは先鋭的(モダン)で研ぎ澄まされ(シャープ)、シンプルでかつ新鮮(ピュア)であり、閉鎖的な外壁から受ける印象とは異なってそこには大胆な空間構成が与えられ・・・、
などとのたまうのであるが、一歩間違うとそれは軽薄さにも繋がりかねず、どうも近頃は同じ建物を表現するにしても
秩序のあるこの空間は、端正な落ち着きと気品に溢れ、彫りの深い陰影からはそこはかとなく漂う風格さえ感じるのである・・、
などとその言い回しも微妙に加齢して来たような気がします。
当然建築デザインにしても、こういった「感覚の落ち着き」のようなものが反映されてくるのであり、それがいわゆる住まいの「面白さ」を犠牲にしてしまうことが無いよう、若々しい感性と熟達した経験を目指して、今日も「住宅設計」という難敵に立ち向かうのであった・・・。
「跳ねた」デザイン、というのはその表現にしても人によってその感覚は異なると思いますが、よく言うと
洗練されたデザインは先鋭的(モダン)で研ぎ澄まされ(シャープ)、シンプルでかつ新鮮(ピュア)であり、閉鎖的な外壁から受ける印象とは異なってそこには大胆な空間構成が与えられ・・・、
などとのたまうのであるが、一歩間違うとそれは軽薄さにも繋がりかねず、どうも近頃は同じ建物を表現するにしても
秩序のあるこの空間は、端正な落ち着きと気品に溢れ、彫りの深い陰影からはそこはかとなく漂う風格さえ感じるのである・・、
などとその言い回しも微妙に加齢して来たような気がします。
当然建築デザインにしても、こういった「感覚の落ち着き」のようなものが反映されてくるのであり、それがいわゆる住まいの「面白さ」を犠牲にしてしまうことが無いよう、若々しい感性と熟達した経験を目指して、今日も「住宅設計」という難敵に立ち向かうのであった・・・。
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